CIVIC ECONOMY LAB

私たちが小さな経済を生み出す方法

第2回 シビックエコノミーラボ ゲスト:豊田雅子さん(NPO法人尾道空き家再生プロジェクト代表理事)

2016年7月31日(日)第2回シビックエコノミーラボを開催しました。

講師は『日本のシビックエコノミー』の編著者である江口晋太朗さん。ゲストにNPO法人尾道空き家再生プロジェクト代表理事の豊田雅子さんをお招きし、活動のスタートから、現在に至るまでの過程、そしてこれからについてお話しいただきました。今回は、そのイベントの様子をレポートいたします。


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豊田:「NPO法人尾道空き家再生プロジェクト」の代表を務めています豊田と申します。広島県の尾道市から来ました。本日はよろしくお願いします。

私の自己紹介を兼ねまして、活動に至るまでのお話をちょっとさせていただきます。

私は1974年に尾道で生まれました。寅年で、今42歳です。海があって、坂があってという尾道の風景って、多分テレビや映画やCMなどで見られたことがあるのではないかなと思います。

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尾道は坂の街というイメージがあると思うのですが、私の生まれたのは坂のそれほど上のほうではなく、山のふもとあたりです。幅1メートルぐらいしかない路地をずうっと行ったどん突きに私の家がありまして、そこで生まれ育っています。

家の周りは、本当に坂と路地と石段と石垣とみたいなところで、今も実家にそのまま暮らしています。

今、私は双子の母親です。子どもたちが2歳の頃に今の活動を始めました。今、この子たちが11歳、小学校5年生になっていまして、活動を始めて、7月7日でちょうど10年目に入りました。

主婦としても母としても超多忙の日々だったのですが、どうしてそのタイミングでこういう活動を始めたのかというお話をちょっとさせていただければと思います。

私は、尾道に生まれ育って、小学校から高校まで尾道におりました。当時は普通の高校生で、都会にも憧れていましたし、ひとり暮らしもしたいなと思っていました。それ以上に海外、特にヨーロッパなどの街に興味があるような子どもでした。

尾道も好きだったのですけれど、その当時は別に空き家問題とかもなかったですし、町並みとか景観とか建築にそこまで強い関心があったわけではありませんでした。そよりも普通の高校生で都会に出てみたいなというほうが強かったです。

大学で初めて尾道を離れて、大阪の大都会でひとり暮らしを始めたわけなのですけれども、本当に大学へ入ってすぐ、もう帰りたいなと思いました。大学時代に住んでいたところは、大阪の中ではそんなに都会ではないのですけれども、でもやっぱりアウェーというか、全然知らない人の中で、小さなワンルームマンションみたいなところに初めて住んで、近所付き合いもなく、マンションとかの暮らし方に慣れていなかったりもしたので、すごくホームシックになったのを覚えています。

今までは(今もですけれども)、ご近所の気配を感じながら日々暮らしているようなところに住んでいたのでそのギャップに耐えられなかったんだと思います。尾道の人と人との近さみたいなのがすごく私には心地よかったのだろうなということに都会に住んで初めて気づきました。

いつか帰りたいなと思いながら大学4年間を過ごしていたのですけれども、英語が好きで、ヨーロッパの町並みや古い教会とかお城などに異常に興味があって、大学時代から1人でぶらっと、お小遣いをためては、バックパッカーみたいな感じでお小遣いが続く限り一人旅をしていました。

その頃は「地球の歩き方」を持って回っていたりしたのですが、女の子1人で南イタリアとか、まだ全然日本人が来ていないような時期とかに1人でぶらっと。1日目の宿だけ決めて他は何も決めずにぶらっと行くのですけれども、今思ったらよくやっていたなと思います。

そんな感じで大学4年間を過ごしていて、仕事も、できるだけ語学が使えて、海外に行ける仕事につきたいなと思い海外旅行の添乗員という仕事を選びました。

添乗員の仕事というのは、結局7割、8割ぐらいヨーロッパに行く仕事がほとんどなのですね。その時に見てきた、地中海沿岸の古い小さなまちみたいなところが大好きで、そういうところで見てきた世界というのが今の活動に非常に強く影響しています。

世界中いろいろなところに行きましたが、本当に落ち着くのは、海が見えて、路地などがいっぱいある街なんですね。そういうところへ行って、ああ尾道もこんな感じだよねと思いながらぐるぐるしていました。

ヨーロッパの街は昔からの町並みをそのまま受け継ぎながら今の生活をしている街が多いので、非常に質感があります。日本に帰ってくると、何というか、チェーン店とマンションとビルとという感じでどこの街も同じような街になりつつあって街の個性というのがすごく薄まっているなというのをすごく感じました。

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さて、尾道についてなのですが、地形的にも非常に恵まれていまして、南側のほうに島がいっぱいありまして、一番近い向島という島、本当に近くて泳いで渡れるのではないかというくらいの近さに島がありまして、尾道水道と呼ばれる川のような海が流れています。

街の中心市街地には尾道三山と呼ばれる千光寺、西国寺、浄土寺という小さな山が3つ並んでいます。海と山に挟まれたところが旧市街地ということで、本当にわずかな平地があって、そこに家がびっしりと密集しているというような景観ですね。

もともとの山や海や島などの自然環境にも恵まれているところで、古い港町として天然の良港として栄えて、江戸時代に北前船の寄港地になったところから港町として非常にブレークして栄華をきわめたところなのです。

海岸沿いとか車の入るところというのは、どんどん建て替えられてしまって、昔の港町としての面影というのはほとんど残っておりませんし、島はたくさんあるのですが、毎年どんどん航路も減ってしまっています。対岸の向島も昔は9航路あったのですけれども、今は3航路しか残っていません。車中心の時代になっているので、船の文化自体もどんどん失われ、港町としての面影というのは消えつつあります。

かたや商店街を歩いて、ふと路地をのぞくと、昔ながらの風景がまだいっぱい残っています。一昔前の懐かしい下町の風景みたいなのがそこらじゅうに残っていて、野良猫がいたりとか、おばあちゃんが七輪でアナゴを焼いていたりとか、干物が干してあったりとか、そういう風景というのが日常的にまだまだ残っておりますし、坂のほうに行くと平地が少ないので斜面のほうにびっしり家が建ち並んでいます。

それらの家はほとんど戦前に建てられたものらしくて、築50年とか聞くと「新しいね」と言ってしまうのですけれども、まだ車が今のようになかった時代に建てられた建物がたくさん残っています。もともとは斜面地のほうはお寺とか神社しかなかったところなのですが、人口が増えた時代とかにどんどん家も不得手という感じで密集しているようなところです。

本当に時代に取り残されたようなところではあるのですけれども、こういう坂と路地の風景こそが尾道らしさなのではないかと思います。1回外に出て、また海外に行くことで、人の近さや昔ながらのコミュニティであるとか、そういったものも含めて尾道らしいいいところなのではないかなと気づきました。

そして、そういうところに空き家が500軒以上あるというような状況がありました。JR尾道の駅から東側に2キロ圏内ぐらいの、全部徒歩圏内なのですけれど、斜面とか路地にたくさん空き家がありました。

海の見える南斜面のほうは、大林宣彦監督の映画で見たような、海が見えて、ちょっと素敵な洋館とかお屋敷があってみたいな、そういういいイメージをずっと持っていたのですが、実際歩いてみると、もう空き家を通り越して廃屋、廃墟みたいなのが目につくような状況でした。

住んでいた方が亡くなったり、都会に出たまま帰ってこなかったり。次の代が帰ってきて家を継がないということがまず第一ですし、あと車が入らないから不便だからというので、尾道には住んでいるけれど、郊外の住宅地とかマンションとかに車付きで住んでいるという感じで空き家が増えていったのですね。

もったいない、どうにかしたいなと思いまして、帰るたびに空き家を探し始めて、全部で6年ぐらい空き家を探していました。

最終的にうちの母親が亡くなることがありまして、それを機に尾道に帰ってきたのですけれども、6年間空き家を探している時に、それなりに自分なりにすごく勉強になりまして、どうして空き家がこんなに生まれるのかというメカニズム的なものから、地域の方とのネットワークから、地主さんとか町内会長さんとか市役所の方とのネットワークも広がりました。あと同世代の若い子たちがこういうところの空き家を借りて住み始めたり、路地裏で雑貨屋さんを始めたり、古い建物を使ってカフェを始めたりという子がちょこちょこ点で増えてきていた時代で、すごくその辺はみんな仲がよくて、そういうネットワークもできつつあったような6年間でした。

6年のうちに今の旦那と知り合って結婚して、先ほどの双子が生まれました。ちょうど子どもが2歳児になった頃に、1軒の空き家と出会いました。通称ガウディハウスと呼んでいる建物なのですが、駅裏の坂の上のほうにある木造2階建ての建物で、この家もよく知っている家だったのですけれど、2007年の春にたまたま中を見せてもらう機会がありまして、外から見ても面白いのですが、中もすごく面白い家で、大家さんとお話ししていたら、「もう取り壊ししようかなと思っている」とおっしゃるので、「いや、ちょっと待ってください」ということで、結局私が個人的に買い取りまして、まだ未完成なのですけれども、買い取って自分たちで改修を始めたのが今の活動を始めるきっかけになっています。

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その当時というのは、ちょうどブログが流行り出した時代でした。主婦でホームページをつくるのはすごく大変ですけれど、ブログだったら子育てしながらでも簡単にできると思って、「今日こういう作業をしました」とか、「尾道にこんな空き家があります」とか、「ヨーロッパのこんなまちはいいなと思います」みたいなことを毎日書いてアップしていました。すると、すごく反響がありまして、地元の人もそうですし、遠方の方からもいろいろ連絡があったり、会いに来られたりとかして、100人ぐらいの人が、「ほかにいい空き家ありませんか」とか、「移住したいんですけど」とか、「同じような思いで尾道の原風景が変わっていくのを寂しく思っていました」とかいう方が、毎日のようにひっきりなしにコンタクトを取ってこられました。

そんなに同じように思っている人がいるんだというのにすごく驚かされました。普通、空き家を探すとなると、不動産屋さんということになるのですが、こういう中心市街地の坂のまちとかの古い家というのは全然扱っていません。

尾道市さんが全国に先駆けて空き家バンクをやっていたのですが、その頃はまだエクセルの表が1枚で、それの閲覧だけで何ともイメージが湧きませんけど、みたいな状況でした。いつ行っても同じものしかなかったので、自分で歩いて探そうというので6年間歩き回って、近所の人に聞いたりして回っていたのですね。

やっぱり同じように空き家を探しているんだけれども、情報にたどり着かないという人がいらっしゃるのだなというのと、古くて不便だから時代の流れに合っていないからしようがないのかなとも思っていたのですが、でも、そういうものを欲している、しかも20代、30代の若い人がそんなにもいっぱいいるんだという現状を知って、これは何とかなるかもしれないと思いました。

家の近さとか古さとか、今不便だなと思うようなことを逆手に尾道の魅力として、そういうまちづくりが尾道のスタイルとして定着していくぐらいまで団体としてできないかなと思いまして、「尾道空き家再生プロジェクト」という市民団体を2007年の7月に最初に立ち上げました。本当に全て手弁当、ボランティアで、資金もないまま始めて。

「尾道空き家再生プロジェクト」では「空き家×〇〇」という活動をやっています。

空き家 × 建築  abandoned house × architecture
空き家 × 環境  abandoned house × environment
空き家 × コミュニティ abandoned house × community
空き家 × 観光 abandoned house × tourism
空き家 × アートabandoned house × art

私自身はただの主婦で、大学も英米語学科と語学が専門でしたし、仕事は観光だったので、建築には全然関係ないのですけれども、旦那が大工さんだったのと、私自身も家とか町並みとか景観とかにすごく昔から興味がありました。

尾道の空き家はいろんな建築的価値があるものもあるのですけれども、本当にピンからキリまでの状態で、普通に建築の方が王道的な発想で考えているだけではどうしようもないような状況にあるような空き家もいっぱいありました。

いろんな視点から空き家を見て、使い方とかを考えたり、アイデアを考えたり、使う人を集めたりすることのほうが大事だなと思いました。

多分建築の人だけでどうにかなるのだったらどうにかなっていると思うのですけど、結局どうにもなっていないのですし、不動産屋さんも何もできないいう状況なので、逆にアートであるとか観光とか、いろんなそういう頭の柔らかい人にどんどん入ってもらって、空き家を見て、いろんなアイデアとか使い方とかを考えてもらえたらなということで、広く浅く、「空き家×〇〇」というので5つほど挙げています。

この5つぐらいあれば、1つ、2つ興味のある分野が皆さんあると思うので、そういう分野のイベントに参加するだけでも全然オーケーですし、自分の特技を生かして活動してくださっても助かりますしというような、本当に緩い団体として、今も緩いのですが、そんな形で活動はしております。

一番大事にしているのは「コミュニティ」です。空き家が増えるということは、そこに人がいなくなって、コミュニティが崩壊してしまっているということです。

人の行き来がないとやっぱり価値が生きてこないので、住める家にはどんどん住んでほしいなと思っていますし、こういうところは高齢化率が非常に高いので、なおかつ車が入らないということは緊急車両が全部入りませんので、そこがお年寄りだけでとなると非常に危険といえば危険な状態で、普通のまちと同じようにいろいな世代の人が一緒にみんなで住みながら、何かあったら逆にソフトの面で助け合わないと厳しいエリアなので、どんどん若い世代が住んで、地域を助けたり盛り上げたりしてほしいなと思っています。

あと、最近ここ数年、ゲストハウスをし始めたのもありまして、今頃やっと観光のほうからもいろんなアプローチをしておりますね。

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最初は50人ぐらいで立ち上げて活動を始めました。2007年に始めて、2008年にNPOの法人格を取って今に至っていて、本当に会員さんからの会費しか収入がないような状況でいつもやっていましたので、全て手弁当で人件費一切払えませんという状態で、私ももらえないしという状況で、できることからできる時にやろうという感じでぼちぼちやり始めています。

最初は場所だけあればできることというので、さっきのガウディハウスの1部屋で、空き家談議みたいな感じで20人ぐらいでみんなで車座になって空き家問題のことを考えたり、地主さんを呼んでいろいろ話を聞いたり、不動産屋さんを呼んで、何で不動産として扱わないのかみたいな話をしてもらったりとか、市役所の方とか、いろいろな関係者に話を聞いて回ったりとか、あと実際に空き家に住み始めた若い子に、自分の実体験を話してもらったりとか、空き家を再生する時のいろいろな作戦会議をしたりとか、あと最近は再生された空き家の見学会に行かせてもらって、いろいろ話を聞かせてもらうというのも、場所を変えてよくやっています。

あと、チャリティーイベントというのを、ずっと2年ぐらい毎月開催していました。日本酒の会だとか、ところてんをみんなで突いて食べる会とか、朗読会とか。そこの古い空き家、古い家に残っていた昔の道具、七輪とか火鉢とかを使ってお餅を焼いて、ふっくらするのをみんなで見ながら焼いて、ぜんざいを食べるとか、七輪でサンマを焼いて食べるとか、そんなのをいろいろしながら、チャリティーイベントで参加費の一部を寄附にしてもらっていて、大した金額ではないのですけれども、その家で古いもので楽しんでもらうと。古い家の良さを知ってもらったりとか、空き家の再生のプロセスを一緒に共有したりとかというような場になっていたかなと思いますね。

あと、ノミの市ですね。坂の街で車が入らないので、全部手で運び出さないといけないのです。トラックを横づけできないですし、ひどいところはずっと石段で、一輪車も二輪車も入らないみたいな、本当に手で担いで出ないといけないみたいな家がいっぱいありまして、結局どこの家も最後はおじいちゃん、おばあちゃんがおひとり暮らしで亡くなったり、施設に入ったりとか病院に入ったりという時まで暮らしていた家がほとんどなので、家財道具そのものが一式残って、生活の時間がピタッと止まったみたいな状況の家がすごくたくさんあります。ちょっと足を悪くしたから娘のところへ行っていたら、そのまま帰るのがしんどくなってとか、病院へ入ってとかでね。

とにかく物がいっぱい残っているので、大家さんもそれを片付けてまで誰かに貸そうとか売ろうとかという気持ちに結局ならないまま、ずっと空き家という家がいっぱいあったのですね。

とにかく家を軽くすることが大事だと思いまして、本当に最初は全部、みんな手弁当で片付けに行って、もったいないので、いいものが結構、昔のものってレトロでかわいかったりするので、腐っているものとか壊れているもの、布団とかだけは処分を最初にさせてもらって、あとはお茶碗はお茶碗とか、古本は古本とか、家具は家具みたいに並べ直して、その家で現地でチャリティーノミの市というのを現地でやります。持って下りる労力が大変なので、取りに来てもらうみたいな。

壊れているままとか空き家のままでダーッと片付けて、並べ直して。場所もわかりにくいですけど、「皆さん、探して来てくださいね」みたいな感じで来てもらって、「好きなものを好きなだけ持っておりてください」と。お金は「投げ銭を適当に入れておいてください」ということにしました。

お宝があったりもしますし、本とか好きな人とかもありますし、本当にまだまだ使えるものが、着物とかでもリメイクされて何かされる方も結構いたりして、できるだけリサイクル、リユースしてほしいなというので、こういうのを多分30回ぐらい今までやってきましたかね。

あと、「まちづくり発表会」というのを毎年やっています。尾道は学生さんが卒業論文などの研究に来られたりとかというのがすごく多くて、そういう人たちの、外からとかよそからの視点で見た尾道のいろいろフィードバックしてもらったり、提言してもらったりというようなこととか、移住してきた方のお話を聞くみたいな、逆に我々とかほかの団体とか市役所の担当課の人たちとか、市長さんも来られる時がありますけれども、外の人の声を聞かせてもらう場みたいなものも年に1回つくっています。

それから、「尾道建築塾」というのも開催していまして、これが建物探訪編と再生現場編というのに分けていまして、建物探訪編は建築士さんとか、あと大学のまちづくりの先生とかに講師になってもらって、お寺めぐりとかのツアーみたいなのはよくあるのですけれども、それだけではなくて、その間にある民家の面白いものがたくさんあったり、町並みのこととか景観のこととか再生事例した空間とか空き家問題とか、そういうのも交えてお話ししてもらいながら、全部で3から4コース毎年やっているのですが、専門家の方にちょっと解説してもらいながら、まちを再発見して回るみたいなツアーをしています。

それから、再生現場編のほうは、我々が中心になって再生する現場の、最後の内装の段階になるのですけれども、職人さん、大工さんとか左官さんに手ほどきを受けながら、教えてもらいながらワークショップ形式で直していくというような現場編も随時やってきました。左官の塗り作業とか、床を張ったり、タイルを張ったりとか、天井を張ったりとか、みんなすごく興味があるようで、いつも多くの方に来ていただいています。

尾道の方は、自分で自分の家をリノベーションしようと思っている方がすごく多いので、そういう方たちが練習がてらに来られたりとか、実際に職人さんと話をしながらいろいろ聞いたりできる場って、普段の生活になかなかないので、皆さん喜んで参加してくださっていますね。

それから、空き家だけでなくて空き地も尾道にたくさんあります。斜面地のほうは道路が通っていないので、1回解体して更地にしてしまうと新築を建てられないところがほとんどです。なので、もともとは家があったのだけれど、更地にしちゃっていて、草ぼうぼうで、不法投棄されたりとか、そういう困った空き地が結構点在していて、そういうところをちょっと広めのお庭のようにしています。

実際の空き家の再生は、今20軒ぐらい我々が中心になってやってきたのですが、ちょっと1事例をご紹介すると、これが最初のきっかけになったガウディハウスです。昭和8年の建物で、木造なのですが、25年空き家でした。大家さんが離れという感じで、別宅という感じでつくっていたものでして、これが25年空き家だった状況です。すごいほこりでしたし、物もいっぱいありました。地元の尾道大学のアート系の学生さんと先生に手伝ってもらって、ごみ出しを最初して、応急処置をとりあえずうちの旦那として、とにかく掃除しまくって、ノミの市を3日間開催して、結構寄附していただいて。

ちょうど2007年の同時期に、「アーティスト・イン・レジデンス AIR Onomichi」という実行委員会も立ち上がって、ほぼメンバーはかぶっているのですけれども、その人たちと一緒に、ここを会場としてお貸しするような感じで、そのかわりお掃除もずっと一緒に学生さんにしてもらって。

今、第2期工事の途中です。奥に洋館が付いています。洋館付き住宅で、洋館の部分がものすごいひどく壊れていて、そこを今直している途中です。一応今年、10年目で、次の7月7日でちょうど10周年になるので、それまでには完成させようと言っています。完成したら、みんなで使える場所にしたいなと。泊まったりもできるようにしたいなというふうには考えています。

2番目に着手したのは、北村洋品店という建物です。洋服屋さんとして使われていた建物で、昭和30年代ぐらいの、建築的には全然いいものではないですし、文化財的なものでもないのですけれども、このものすごいとんがった屋根と不定形の形の建物と、洋品店自体の面影みたいなのがすごい私にはググッと来たので、さっきのガウディハウスとは正反対のような建物なのですが、貧しい時代にそんなに良くない材料で結構つくられているのですけれども、そのいい部分を生かしながら再生したいなということで、これも実は団体を始める前に私が買い取ったのですね。

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これは2階の柱と梁がぼろぼろで、本当にひどかったです。「これを直すの」みたいな。さすがにうちの旦那も「ええっ」みたいな、「壊したほうが早いよね」みたいな、本当にそういう状況で、ここは車が入れるところなのでまだましだったのですけれども、物もすごくありましたし、シロアリが2階まで回っていて、天井に穴があいていて、雨漏りがジャバジャバしているような状況でした。

まずは、ここもボランティアの皆さんでごみ出しをしました。構造と屋根とライフラインは基本的に職人さんに私たちはお願いするようにしています。建築士さんにできる限り耐震の補強とかアイデアを頂いて、職人さん中心にまず危なくないように直してもらって、その後、NPOの会員さんと職人さんでちょっと教えてもらいながら直して、それから一般の全然知らない人に参加費を頂きながらワークショップ形式でみんなで直してという感じで。ここは多分10回ぐらいワークショップをしていますね。

私は子育て中だったので、子どもを連れて仕事に行けるようにということで、子育てママ、子連れママの井戸端サロンみたいにしていて、おもちゃを置いたりとか、いろいろ教室とかをしたりできるような感じにして、いろいろイベントもしたりして使っています。2階がNPOの事務所です。

すぐその裏の路地をシューッと入っていくと、駅からすごく近い場所に、10部屋丸々全部空き家になっている古いアパートがありまして、お風呂なし、トイレ共同みたいな昔のタイプのアパートがずっと残っています。大家さんとお話しして、ちょっと住むのは厳しいかなという状況だったので、工房とかアトリエとか、ちょっとしたお店みたいな感じで使いたい方を募集して、そういう方も一緒にリノベーションしました。

お店も結構ちょこちょこ入っていますけれども、みんな自分のペースで開けたり閉めたりしているので、月に1回だけオープンアパートメントという、全室みんな同じ日に開けましょうみたいな日だけの縛りがあって、あとは自由に使ってもらっています。

また、それと別で、2009年から尾道市さんの空き家バンクを一緒に共同でやるようになって、それまでエクセルの表1枚だったところをリニューアルして、空き家バンクの窓口を始めました。民間とやることで、やっぱりすごく大きな違いがあるなと思っていまして、1つは営業時間というか、土・日・祝日も対応してあげられる状況になったというのは非常に大きいかなというのはありますね。

全部1軒ずつ、もう1回カメラを持って建築士さんと回って、間取りを全部撮って、写真と間取り図と地図とコメントを載せて、わかりやすい情報化を全部しました。

データとしては150軒ぐらい持っています。

この情報というのは誰でも見られないようにしていて、一度は利用登録をしに尾道に来てくださった方に我々は説明をして、利用登録書を書いてもらった方にパスワードをお渡しして、見えるようにするという、ちょっと面倒くさいのですけれども、あえてそのようにして出しています。

タダ同然のような物件が結構あるので、ネットショッピング的に買われても、ちょっと違うかなと。尾道に行ったことがなくて、その不便さをわからずに適当に買う人がいたら怖いので、必ず1回は来てもらって、まちも歩いてもらって、こういうところですけれども本当に住めますよねみたいな感じで、やっぱりちゃんと住んでもらったり使ってほしいなと思って。

空き家バンクの仕組みはほかの自治体とほぼ一緒です。不動産業ではないので、移住希望者と大家さんのマッチングのところまでで、契約とかは一切私たちは立ち入りません。でも、そのマッチングだけで終わっていると、尾道の場合、そこからが非常に大変なのですね。実際に本当に引っ越せるようにその家を直したり片付けたりであるとかいうところをケアしてあげないと。そのあたりをサポートできる仕組みを何年か前に考えて、サポートメニューというメニュー化してやっています。

改修のアドバイスについてはいつでも相談を受けていますし、あと専門家の現地派遣というのもしていまして、この壁を抜いていいのかなとか、この柱を取っていいですかとかのアドバイスはするようにしています。そういう大事なところはちゃんと専門家に聞いてほしいなと思っています。

あと空き家の片付けも5人、10人でバーッと行って、バーッと片付けるというようなこともしてあげたりとか、フィールドの改修作業の補助という感じで、我々が請け負ってやるわけではなくて、自分で直したい人の補助というので、補助要員として1人1日幾らみたいな感じで、大工さんではなくて我々スタッフの慣れた者がお助けに行くみたいなのはやっています。

あと、道具の貸し出しですね。電動工具とか左官のこてとかこて板とか、後々あまり要らないだろうみたいなものをわざわざ買うのも無駄ですし、あとトラックも1日1,000円でシェアもしています。

2009年10月、最初に空き家バンクに登録された物件数56軒からスタートしました。これは尾道市の全域ではありません。尾道の本当に小指の爪ぐらいのエリアだけなのです。

民業を圧迫しないようにということで、車の入らない不便なエリアに限ってやっています。そこの大家さんに声がけしてくださって、意向調査をして、56人の大家さんが提供してくださって、その情報をもとに我々はこういうのを全部つくって始めているのですが、今では150軒ぐらいに増えています。世代が交代したり亡くなられたりで空き家になってというのもありますし、活動が浸透して「うちのもお願いします」と言ってきてくださったりしていることも多いです。

移住希望で来られる方もずっと多くて、いまだに平均して月10人から15人、利用登録しに来られる方がいらっしゃいます。20代~40代前半ぐらいの方が多くて、県内、県外だと半々ぐらいでした。県外だとやっぱり都市部の方、東京とか東京近辺の関東の方とか大阪、名古屋とか都会の人が多かったですね。今までで800人以上利用登録されております。

成約数が今90軒ちょっとぐらいです。状態のいいものはどんどん決まっています。

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小さいものは、住みたい人がいっぱいいるので学生さんでもどんどん入ってこられるのですけど、元病院とか元旅館とか町家とか大きいものはやっぱり工事費もかかったり、住むだけではちょっと維持管理していけないのではないかみたいなものもあったりというので、そういうものをどうしていくのかという1つ課題がありました。

尾道も実は、商店街の海側は町家が結構並んでいるのですけれど、地元の人も知らないのですね。商店街を歩いていても、やっぱり奥の部分は住んでいる人しか行けない部分なので、それが町家の建物だというのは知らない人が多くて、裏に立派な蔵とか庭があったりするのですけれど、そういうのが尾道にもあるのだよというのを知ってもらうことができたらなと思っていました。

ここで初めて私の旅人としての今までの経験が出てくるのですが、私が世界中を旅したときにユースホステルや安い宿に非常にお世話になりました。

ヨーロッパに行くと、昔の歴史的な建物をユースホステルに改装していて、1,000円とか2,000円で昔の貴族の館や昔の立派な馬小屋に泊まれたりとかというのがあって、何かそういう粋なことを日本でもやればいいのにといつも思っていました。

尾道が好きな人って多分普通のビジネスホテルに泊まりたいと思って来る人ばかりではないよねと思っていて、特に海外の人とかは日本の良さとかを感じられるようなところに泊まりたいと思っているだろうけれども、いい料亭旅館はやっぱり1泊2万とか高いので、そんなになかなか何泊もできるわけではないし、若い人には厳しいだろうなというのもあったので、そういう若い旅人の気持ちを考えた時に、日本の良さとか尾道らしさも感じつつ、尾道に安く長く泊まれる場所があったら絶対いいよなというのをずっとずっと思っていました。

ちょうどその頃、ゲストハウスという簡易宿泊の形態が少しはやり始めた頃で、京都とか東京とかにちょっと増えていた時代だったので、尾道でもやろうというので、この町家全体を使ってゲストハウスとカフェ(あなごのねどこ)というのを2012年にオープンしました。

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今までは小ぶりの物件で、本当に10坪、20坪もないような家を直していたりしたので、そんなにお金もかからなかったのですけれども、ここはやっぱり旅館業を通さないといけないので、消防設備や厨房設備やいろいろと設備代もかかるし、何せ面積が広いので材料もいろいろかかったりするので、初めての借り入れというのをしました。

ボランティアで始めたのに、何で私何百万も借り入れしなければいけないのだろうと最初は悩みましたが、今3年たって軌道に乗って、全然赤字にならずにずっと黒字で順調に借金も返していっています。

ここで何人もスタッフを雇えたりもしましたし、あとすごく良かったなと思うのは、最初は尾道に旅をしに来ただけの人でも1泊2,800円で安いからちょっと連泊しようかみたいな感じで長く泊まってくれるようになったということですね。尾道はすごくコンパクトな町なので、知らない人は日帰りとかで本当に1日で終わってしまうんです。

尾道市は昼間の入り込み数に比べて宿泊していく人が6%しかいないらしくて、温泉もないし、コンパクトだし、アクセスもやたらいいから次のまち町に行ってしまったりなかなか夜の尾道を楽しんでもらう人が少ないというのが悩みでした。

そうすると、どうしても大型バスの観光ツアーとかはそうなってしまうのですけれど、個人客の人とかはもっとじっくりと住まうようにここに滞在しながら、拠点でいろいろとまちを回ってほしいなと思いますし、表面的ではなくて一歩入るとすごい面白いお店とか、面白い人がいっぱいいるので、そういうところまで交流というか、行ってほしいなというのがあってやっているのですけれども、それが見事に当たったというか、今ちょうどインバウンドもすごい増えている時期で、ちょうど良かったんだと思うのですが、個人の海外の方もたくさん来られるようになって、学生さんとかもいっぱい来てもらっています。

だから空き家バンクだけの頃よりも、このゲストハウスをし始めて、また間口が非常に広がったなあというのはあります。

我々はNPOなので、商売としてガンガンやりたいわけでは全然なくて、やっぱりまちづくりの1つとして、いかに尾道に滞在してくれて、そこを拠点にいろいろ地域を楽しんでもらったり、お金を落としてもらったりという形ができるかというのが一番重要だと思って始めています。

だからゲストハウスという簡易宿泊所という形をとっていて、そこで全部が完結しないようにしていて、なのでお風呂もシャワーだけなので、地元の老舗の銭湯を紹介していたら、銭湯のおじいさんが来てくれて、「最近、若い子がめっちゃ増えたんだけど」みたいな感じで、「ああ、ここの子が紹介してくれてるのか」みたいな、すごくありがたがられたりとか、そういうのが何件かあったりして、尾道のゲストハウスを拠点にまち全体を楽しむみたいな楽しみ方をしている人がすごく若い人に増えたので、それは本当にやってよかったなと思っております。

ここで何人か一応仕事場として働いてもらえる環境ができたので、借金はしましたけれども、よかったかなという感じですね。

本当にいろんな方が来られます。大阪にいた時に話したこともないような珍しい国の人とかもいらっしゃったりして、地方でもそういう国際交流ができるというのはすごいいいかなと思っているので、英語がしゃべれる若い方も多いので、そういう方たちが少しでも活躍できる場があればいいなと思っています。

いろんな地域の団体さんとも連携したりとか、西日本にも古いまちが残っているところが結構ありまして、そういうところの人たちともネットワークが広がって、結構そういうところにも若い人たちが入って、またいろいろまちおこしをされているところも今増えてきています。

あと、一番最大の最近の再生事例はこれ(みはらし亭)なのですけれども、これは坂の上にある元旅館の建物を1年3カ月かけて再生しました。DIYで直せるようなものではなく、文化財級のもので、大正10年のもともと別荘建築、尾道では茶園(さえん)と呼ぶのですが、そういう建物で、20年以上空き家になっていました。尾道で一番観光客の方が多い千光寺というお寺があるのですけれども、そのすぐ真下で、超観光ルート沿いなのですが、ずうっと空き家になって、戸が閉まったままだったのです。

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これもずうっと空き家バンクに最初から出ていて、誰も何も手をつけられず、我々ももったいないなと思っていましたけれども、最初の頃はこんなのに手をつけたら大ごとになるみたいな状況で、そうこうしているうちに、先ほどご紹介したゲストハウスで運営の仕方も大分わかってきたし、やってみようかと。

自分たちで申請してここを登録文化財にしました。文化財って税金をつぎ込めばいいみたいな感じで今までやってきているところが多いのですけれども、そうではなくて、これから人口が減っていく中で、まちの宝物は市民が守っていくような体制づくりをしていかないと絶対無理だなと思っています。ただ単に博物館的な使い方をするのではなくて、使いながら本当に身近に感じながら次の世代に文化財も受け渡していけるような体制をつくりたいなということを思いました。

ここもやっぱりもともと旅館として最後は使われていたので、用途変更せずにゲストハウスとして再生して、寝泊まりもできて、カフェも付いていてという感じで再生しました。

ここはうちの主人とか左官さんとか職人さんを中心に、我々スタッフも手伝って、ボランティアさんにも何回も手伝ってもらって、ものすごい量の資材を運んでもらって、ここは上からも下からも階段なので、すごい大変でした。全部足場を組んだのですけれども、4トントラック2台分の足場材、50人ぐらいで全部で運んでというのをやったり、地元の小学生も授業で手伝いに来てくれて、50人ぐらいで瓦をおろしたりを手伝ったりと、本当にここは大変だったのですけれども、いろいろな試みもできました。

あと、初めてクラウドファウンディングを使ってウェブ上で資金集めをしました。三百何十万、全国から支援金を出してもらって、この間の2016年4月、この春の桜に間に合うようにオープンしました。

そういう感じで、お金もすごくかかりましたけれども、いろんな方からの支援金とか寄附金なんかも含めて、みんなの共有財産として再生して、これからも使っていきましょうという形でやりました。

行政のほうからも初めて支援金というか、工事に対する助成金も出てという感じで、かなりお世話になってやっています。本当に大きなハードルでしたけれども、こういう文化財級のものもみんなでどうにかできるんだということが分かってとてもよかったですね。

今、次に取りかかろうとしているのが、駅裏にある元旅館の建物です。離れが50畳の舞台付きの大広間なのですが、そこがぼろぼろなので直して、みんなで使える大広間にしたいなと思っています。

尾道は本当に狭いまちなので、たくさん人が集まれる場所が本当になくて、宴会場でも50人でいっぱいかなみたいなところばかりなので、こういう50畳もあるところがみんなで使えるようになると、地元の人もかなり助かるよなというのがありまして、地元の大学生などを巻き込んでアイデアを出しているところです。

そういうのも今やっていたり、いろいろなプロジェクトが進行していますが、まだまだそれでも空き家がありますという状況です。

長くなってしまったのですが、ご清聴ありがとうございました。
(拍手)